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  • 2018.05.08 Tuesday
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    MERA PEAK 6476m (2018.3.4~14)

     

     

    2018.3.4

    Lukla(2840)~Chutang(3020)   1.5H

     

     ネパールへは12回目の旅になる。今回の最大の目的は、標高6476Mのメラピーク登頂することだ。登頂するには、ポーターは任意だが、ガイドを雇わなければならない。今回はVista Trekにお願いすることにした。

     

     ガイドはエベレストに登頂経験があるラムカジグルン(40)、ポーターのアンツェリン(23)。ラムは日本語が堪能で、三浦雄一郎や、いもとのガイドをしとことがある。シーズンオフは北アルプス針の木小屋で働いているそうだ。演歌歌手の細川たかし似の、いつもニコニコしているナイスガイだ。

     

     カトマンズからサミット航空で、世界一危険だと言われている空港のルクラまでガイドのラムと二人で向う。1週間の欠航も珍しくない10人乗りのセスナは、30分遅れの異例の、ほぼ定刻時間に飛び立ち、25分間のヒマラヤ遊覧を楽しむことができた。ルクラに着くと、地元のシェルパ族で、ポーターのアンツェリンが出迎えてくれた。

     

     朝食をすまし、9時にトレッキング開始。スタート地点は空港の脇にある。エベレスト方面の街道筋は賑やかなのだが、ちょっと裏道に入る感じで、メラピーク入口とも書かれていなかった。

     薪を背負ったおじさんと、通学する少女3人に出会う。今年初めてのお客さんだと言われた。ゲストハウスの大半は店じまいしたままだという。テントはベースキャンプのカレで借りる予定だった。食料もベースキャンプから先の分だけしか持っていない。大丈夫だろうか。やがて民家は途絶えてしまい、人気がなくなってしまった。

     

     今日の宿泊地チュタンには、昼前に着いてしまった。3件の宿があるだけの集落だ。そのうちの1軒に若い女性が一人いた。僕たちが来ることを知って、小屋を開けて待っていてくれていたようだ。ダルバートを作ってもらい食べた。

     暇つぶしに、高度順応と足慣らしのつもりで歩いていた。1時間ほど登ったころで、小屋のほうから大勢の賑やかな声が聴こえてきた。戻ってみると、オーストラリア隊の7名と、イギリス隊の4名がルクラから到着していた。寂しいトレッキングにならなくてすみそうだ。

     

     日向でくつろいでいたときだ。突然、不整脈が起ってしまった。なかなか治まらなかった。オーストラリア隊がビールを飲もうと誘ってくれたが、そんな気分にはなれない。

     夕飯もダルバートにした。外に出てみると星空だった。眼下にはルクラの街明かりが見えていた。不整脈の不安は薄らいでくれなかった。寝袋にもぐっても不整脈は治まってくれなかった。引き返したほうがいいのか悩んだ。でも、先に行っても引き返しても、治まるのをじっと待つしかないのだ。悩んでいるうちに突然、不整脈が治まり、天国に行ってしまったみたいに呼吸が楽になった。

     

     

    くつろぐガイド達。僕は不整脈。

    薪の火で、手際よくダルバートを作る。

    ルクラの街明かり。

    チュタンのシンボルツリー

     

    3.5

    Chutang(3041)~Zatrwa La(4610)~Thuli Kharka(4300)   4.5H

     

     他の隊は、まだ出発の準備をしていた。不整脈が怖いから、恐る恐る歩き出した。幸い不整脈は起らなかった。無理をしない程度に登ることにする。

     控えめなペースだが、それでも登りは速かったみたいだ。ガイドとポーターはゆっくり後方を歩いていた。そんなに張り切って登っても疲れるからね、と訴えているかのような視線を投げかけていた。

     

     たびたび雪崩れの被害が起こる雪原を横切る。幸い、雪原は落ち着いていた。

     横切った後を今度は上り詰めると4610mの峠にでた。紅茶とクッキーで空腹を満たして、次の峠でラムとツェリンを待つことにした。青空の元、沢山のチョルテン(仏塔)とタルチョー(五色の旗)が風に揺れていた。クンブヒマラヤの急峻な山並みが、僕の目を釘づけにする。

     

     峠から下ると、30分足らずでツリカルカに着いた。

     まだ昼前だった。5件のゲストハウスがあり、そのうちの1件だけ空いていた。小屋のスタッフ3人がかりで、倉庫から凍りついた食料や飲み物を運び出し、シーズンが始まる準備をしているところだった。

     後からオーストラリア隊とイギリス隊も到着して、ビールを飲みだし誘われたが、断った。

     再び不整脈が起ってしまった。昨日と同じ15時に始まり、21時頃には落ち着いたが、この先が不安だ。

     ツリカルカには、酒もあるしネットも繋がっていた。ビール700ルピー、ネット1000ルピー、10円が9.7ルピーだから計算がしやすい。ネパールの物価が日本の5分の一以下だから、ビールもネットも高額に感じる。日本で待つ千夏にメールをしてしまうと、不整脈の不安を訴えてしまい弱気になってしまう、それもネットを使わなかった理由のひとつでもあった。だから登頂するまでの辛抱とした。

     

     

    チュタン谷

    クスンカン(6370)

    ポーターのアンツェリン

    小屋開けの準備

     

    3.6

    Thuuli Kharka(4300)~Kote(4182)   3H

     

     一人でせっせと歩きだした。標高3000mまで降りてくると深いシャクナゲの森となった。ヒマラヤンタール(カモシカ)、ダンフェ(キジ)、色とりどりの花が咲いていて目を楽ませてくれる。行動中に不整脈が起こらないでくれてありがたいと思っていた。

     

     11時、コテに着く。ゲストハウスが12件あり、そのうちの2件が本格的に受け入れ準備ができているようだった。予定していたシェルパゲストハウスにたどり着く前にあったブッタゲストハウスの女将と、お手伝いの子に呼ばれた。

    「お金は要らないからお茶でも飲んでいって」

     これは良くある手だとわかっていだが、気持ちのよさそうな原っぱでお茶をのみながら、二人の姿が現れるのを待った。そして二杯目のときにはクッキーが添えられていた。

     二人がやって来た。この宿にした。宿のおばさん喜んでくれた。

     

     午後、突然大雪になった。後から来たイギリス隊は雪まみれで現れ、シェルパゲストハウスに行ってしまい、オーストラリア隊7名はブッタゲストハウスに加わり賑やかになった。

     僕は少し明るく振舞っていった。何故なら、今日は不整脈が起こらなかったからだ。オーストラリア隊からは、ランナーみたいに歩きが速いから、「メラランナー」と呼ばれるようになった。ビールを誘われたが、断った。

     

     

     

     昼のコテ

     午後のコテ

     

     

    3.7

    Kote(4182)~Tangnan(4353)    3H

     

     今日も、一人で先を歩き出した。しかし後悔する。雪が積もり、道がわからなかったのだ。幸い、向こうから若い女が薪を背負ってやってきてくっれた。足跡が確認できれば安心だ。

     陽が差し出すと、雪が地面に吸い込まれるように消えていってしまった。

     地図には載っていないゴンパ(寺)があった。登って門を叩くが誰もいなかった。

     牧草地のカルカが広がるカールに出た。見上げると、6000m級の急峻な山が聳えている。未踏峰6770mのタンツェだ。来月、日本の名クライマーの竹内さんが挑戦する名峰だ。

     

     タンゲに着く。言われていたゲストハウスを通り越してしまい、先のメラゲストハウスでモモを注文してしまった。食べてから引き返した。

     高度順応するためにラムさんと裏山に登る。4700mまで登ってみた。やはり、この高度だと呼吸は苦しい。

     岩と雪と氷の岩壁に囲まれている。氷河と氷河湖も望めた。ラムさんが模様のある岩壁を指差しながら言う。

    「あそこにドラゴンがいるよ」

     なるほど竜に見た。そして周りがチベット文字にも。

    「誰が書いたの」

     ラムさんに質問した。それだけ見事な岩の模様だ。いや地層だった。

     

     戻るとオーストラリア隊が着いたところだった。

    「メラランナー、あんた、ほんとうにすごいな、ビール飲む?」

     

      窓の外から雷鳴のような音が時々谷に響き渡る。雪崩れの音だ。音がする方を探すと白い雪煙が立ち上っていた。

      不安な夕食時になっても不整脈が起こる気配はなかった。

      黄昏る、山の暮れは神秘的だ。岩は黒闇をつくり、雪面は青白く淡い光を放っていた。そして星空が広がってきた。

      ダイニングでは、ビールを飲みながらみんなでUNOに興じている様子である。楽しそうに、ラムさんがはしゃぐ声も聴こえてくる。

     

     

    ゴンパ

    カルカの小屋

    竜の岩

    メラ谷とモレーン(氷河によって作られた土砂)

    雪崩

    オリオンと流れ星

     

    3.8

    Tangnag(4356)~Khare BC(5045)   3H

     

     カレに向かい歩きだしたのは僕たちだけだった。他の隊は高度順応するために停滞するようだ。

     モレーン(氷河による土砂)を登ったり下ったりした。広いカルカ(牧草地)を越えた。カルカには草がまだ生えていない。放牧される家畜の姿もなかった。

     カレから数匹の空身のヤク(高地牛)が、カウベルを鳴らしながら降りてきた。登山シーズンの準備のために、再び街に下りて荷を運んでもどってくるのだ。正確には、ロバ隊が標高3500mくらいまで運び、高地に強いヤクが引き継ぐことになる。

     

     カレについて昼を食べた後は、明日からの本格的な登山の為の訓練をする。ザイル、カラビナ、ピッケルなど岩稜や氷壁を越える為に必要な道具を持って近くの岩場に取り付いた。道具がぶつかり合ったときの乾いた金属音が心地いい。メラ登山については調べてみたが、テクニックや経験がなくても怖がる必要がない山だった。だから気楽に訓練をこなしていた。

     

     下から5人の集団が登ってきた。新たなフランス隊だった。そのままカレを通過してしまった。今シーズンの初登頂者になるためなのかもしれない。きっと、メラ峠でキャンプするのだろう。隊長のフランス人は8000m級のチョーオーユーの登頂者なのだそうだ。それは後日、追いついたときに本人から聞いた。

     僕は不整脈も高山病もなかった。天気予報もいい。この先に期待が持てそうだ。

     

     

    メラピーク(6476)

    メラ氷河

    ヤク

    訓練

    メラ谷

     

    3.9

    Khare BC(5045)~High Camp(5780)   5H

     

     さながらロックガーデン、大小さまざまな岩が起立する石の森を氷河の下までトラバースする。このルートは、2年前までとは道が違うそうだ。これも温暖化によって氷河が短くなってしまった影響らしい。

     

     1時間ほど歩くと、氷河を登る集団が見えてきた。フランス隊だ。一人ずつフィックスロープに捕まって登る順番待ちしているところだった。僕たちは、トレッキングシューズから登山靴に履き替え、スパッツを履き、アイゼンを装着した。ロープをラストのラムさんが撤収するということで、僕とポーターのアンツェリンがロープを使うことができた。

     

     少し進むと再び渋滞していた。先ほどと比べて傾斜はゆるいが、ロープに取り付く順番待ちをしなければならなかった。その待つ間に、フランス隊のリーダーと話をする時間があり、チョウオウユー8201mに登頂した話を聞いたのだ。

     みんなが登り終わり、なだらかな氷河の上に座り込んで、それぞれが行動食を食べ始めた。一見穏やかな雰囲気なのだが、吹き抜ける風が冷たくて耐えられない。少人数の僕らは先に歩き出した。ところがフランス隊のガイド二人に抜かれてしまう。ハイキャンプでの場所取りで急いでいるのだ。追いかけると、クレパスに落ちてしまった。一瞬の出来事だった。ラムさんが「動くな!」と叫び声が。幸い、幅が40cmくらいの狭いクレパスだったから、下まで落ちず自力で這い上がれた。簡単な山だと侮っていた。もっと注意をしなければならなそうだ。

     

     僕たちがハイキャンプに着いたときにはフランス隊のテントが張られていた。しかしテントが張れるスペースが10箇所あったから問題なかった。

     簡単にネパールのワイワイと呼ばれるラーメンを食べて、外で昼寝をする。寒いからシートを敷いて、寝袋にくるまった。青空の元、最高に気持ちいい。

     フランス隊のリーダーは既に到着している。大分遅れてガイドに付き添われた残りの二人がやってきた。その一人が真っ青な顔で天を仰いでいた。後ろから押され、表情がもぬけの殻だった。直ぐにボンベの酸素を吸いだした。酸素ボンベ6万円。僕たちは持ってきていなかった。僕らは、「少し頭痛がするな」くらいの超軽症だった。

     用足しで外へ出る。燕が飛んでいた。夕暮れ時、氷河や峰々がオレンジ色に染まり、感動的な景色となった。


     

     

    タンツェ(6770)

    メラ峠

    クレパスに落ちる

    メラ氷河を登る

    ハイキャンプ

     

    3.10

    Higi Comp(5780)~Mera Peak(6476)~Khare BC(5045)   8h

     

     長い夜だった。寒すぎで全く眠れなかったのだ。

     2時、起きる時間だったがラムがまだスースー寝ていた。うらやましい。

     ポーターたちは、他のポーター仲間6人と共に、大きなテントで休んでいる。たぶん座りながらだ。僕らが出発すると、アンツェリンがテントにやってきて眠りだした。彼らは寝ながら僕たちが戻るのを待つのだ。

     

     4時に歩き出した。暗闇の先にライトの明かりが見えていた。フランス隊は既に出発していたのだ。昨日の様子だと、すぐ追いつく筈だ。今期初登頂は、たぶん僕たちだ。

     フランス隊は、昨日の高山病患者に加え、ガイドまでもが高山病になってしまったようだ。彼らは適当な所で記念撮影をした後に引き返してしまった。

     

     

     強い風が吹いている。初めて体感する寒さだった。

     空が白んでくると、山のシルエットが浮かび上がってきた。

     やがて空がオレンジ色に染まると、一つの明るい恒星が、黒い山影から顔を出してように、突然、光が差し込んできた。ちょうどインドとの国境にあるカンチェンジュンガ(8600M)付近から顔をだした太陽である。

     登ってきた氷河もオレンジ色に輝きだし、僕たちの顔もオレンジ色に染まった。

     やがて峰々が白銀に輝きだし、一つ一つの峰が主張しだした。

     

     ラムさんが休憩をしようというので、クッキーとテルモスに入った熱い紅茶を取り出した。

     蓋を開けると、湯気が帽子やまつ毛にまとわり付いて、そのまま凍り付き、氷柱のように垂れ下がった。

     そして髭も、鼻水と共に、したたり落ちることなく氷柱となった。

     

     再び登りだした。

     また小さなクレパスに片足が落ちた。

     息が切れる。

     打撲してしまった。

     大きなクレパスは迂回しなければならない。

     時には、勇気を出して飛び越えることも必要だった。

     

     呼吸が間に合わない。

     10歩を連続して歩くのが精いっぱいだ。

     呼吸を整えて、10歩だけ歩を進める。そして20回、深呼吸した。

     その間、バランスを保って止まっていることも辛い。

     こんな所で不整脈が起きたらたまったもんじゃない。

     さっさと登ってしまい、不整脈が起る前に降りるのだ。

     

     いよいよ最後のアタックとなった。

     ラムさんが、ダブルアックス(二本のピッケルを使う登り方)で雪の壁を越え姿を消した。

     10分もしないうちに上からロープが降ろされた。

     それを体に結び付け、壁を越た。

     

     それ以上、上がなかった。

     雪原が広がり、固く締まった雪面をキュッキュッと踏みしめた。

     午前8時、登頂。

     

     風が止んでいる。あったかもしれないけど静寂な世界だと感じていた。

     果てしなくヒマラヤの山稜が広がっていた。

     主な山が手に取るようにわかる。

     西から、雪をたっぷり蓄えて白い山肌 Cho Oyu(8201M)

     雪を寄せ付けない黒い岩肌 Gyanchung Kang(7952M)

     ソフトクリームみたいな Pumo Ri (7161M)

     そして Everest(8848M)と Lhotse(8414M)と Nuptse(7861M)の一塊

     扇のような大きな山容の Makalu(8468M)

     彼方にどっしり鎮座している Kanchenjunga(8586M)があった。

     それらの名峰が同じ目線で見えていたのである。

     この危険なピークハントに魂を奪われてしまいそうな不安を思った。

     エベレスト一つとっても800万円は必要なのだ。 続けていたら、山で命を落とす前に、金欠になって死んでしまうと思った。

     冷静な考えができている。たいした怪我もなく、不整脈や高山病にもなっていない。

     天気がいい。

     申し分ない。

     去りがたい気持ちだった。

     

     眼下にハイキャンプが見えていた。

     そこまでは2時間で到着した。

     アンツェリンを起こしてクッキーを食べて下山。

     氷河の上で、登ってきたイギリス隊と健闘を称えあう。彼らは、ハイキャンプで引き返すと言っていた。

     ベースキャンプのカレでは、まだ高度順応中のオーストラリア隊に、「まだ12時だぞ、もう降りてきたのか」と驚かれる。隊最年長でリーダーの女性が体調不良で下山していた。そのためか、指揮力が落ちてしまい弱気になっていた。

     僕は日本で待つ千夏に、1000ルピーを払ってLINEでコメントを送り、700ルピーのビールで祝杯をあげた。

     

     

    フランス隊の光

    夜明け

    迂回したクレパス

    来光

    エベレストとクレパス

    エベレスト、ローツェ、マカルー

    Summit

     

     

    3.11

    Khare BC(5045)~Kote(4182)   3H

     

     高度順応の心配から解き放たれたように、カレから走りだした。途中、沢山の人たちによって積み上げられた信仰の印のケルンで埋め尽くされた聖地の氷河湖に立ち寄り、高度順応中の杉山さんに会う。実は、杉山さんに誘われて今回のメラピーク登頂が実現したのだ。当初はロワリングトレック社を杉山さんと利用する予定だった。調べてみると、手厚過ぎる人材数と機材や道具だった為、かなり高額だったのだ。僕が利用したビスタの約倍の金額だった。僕には病気があるし、わがままなペースで歩いてしまうので、迷惑をかけてしまう。だからそれぞれで行くことにしたのだった。

     タグナクで軽く休んで、コテに向かって走る。着いたのは11時前。この時点で予定より4日早くなっていた。

     昼のダルバートを食べ終わると、雪が本格的に振り出してきた。来た時と同だ。見る見るうちに雪化粧をした。

     

     コテに子供たちが、本格的なシーズンに合わせて数日後に大勢登ってくるらしい。僕は、そのための飴、チョコ、おもちゃ、ノート、ペンを、このブッダゲストハウスにデポしていた。それらを女将に預けた。

     

    北極星

    子供たちに

    女将とドルマ

     

    3.12

    Kote(4182)~Thuli Kharka(4300)    3.5H

     

     出発するとき、女将からアーモンドを一袋いただいた。そして走り出し、登りを歩いた。

     森を向けると積雪が深くなっていた。来るときには誰もいなかったゲストハウスで開店準備がされていた。雪面には足跡が残っていて迷うことはないと思った。しかし、とんでもない所に足跡は続いていたのだ。

     

     

     霧が出てきた。

     雪も降りだしてきた。

     足跡も消えかかっていた。

     目を凝らす。

     不安に思うくらい登り、不安に思うくらいの崖が現れた。

     

     ほんの一瞬、霧が晴れ視界がきき、はるか下に青い屋根が見えた。

     今夜泊まるゲストハウスの屋根かもしれない。

     ガイドたちは、おそらく2時間くらいは来ないし、ここに来ることはないだろうと思った。

     先に進んで降りれそうな場所を探してみたがダメだった。

     ガイド達の元へ少し戻ってみたが、やめた。

     意を決して直滑降することにする。

     

     開始早々危険の連続だった。

     足元の雪が崩れ、岩も崩れた。

     僕の足を浚ってゆく。

     もはや歩くことなんかできない状態だった。

     霧が立ち込め、方角が合っているのか不安だった。

     下に行けば道があるはずだし、小屋があるはずだった。

     降りるのだ。

     

     ついに足跡を見つけた。

     それをたどるとゲストハウスだ見えてきた。

     それでも3時間で着いていた。

     

     静かだった。

     小屋は施錠されていた。

     来るときには締まったままのゲストハウスの扉が開いた。

     暖をとっている女性が一人いた。

     二人はまだ着いていなかった。

     ミルクティーを淹れてもらい、暖をとらせてもらった。

     しばらくすると、上の方から日本語で「大丈夫か」とラムの悲痛の声が聴こえてきた。僕の間違った足跡を追いかけて来たのだ。僕の願いは「そこから降りないでほしい」だった。

     風に声を飛ばされてしまい、僕の声は届かなかったと思う。

     しばらくして、姿を現した。

     二人はあきれていたが、無事でホッとした。

     安心するのもつかの間、雷光と同時にドカンという落雷の音が響き渡り、その瞬間なにも聴こえなくなった。

     もう少し遅かったら大変なことになっていた。

     その後、雷音は消えたが、雷光は一晩続いていた。その自然現象の様子を、部屋の窓からいつまでも見ていた。

     

     

    さ迷った風景

     

    3.13

    Thuli Kharka(4300)~Lukla(2840)   4H

     

     外に出ると雪面がまぶしい程の天気だった。

     僕はトレランシューズで歩き出した。一人ではない。積もった雪で足跡が消えてしまい、心配だったからラムの後ろを歩いた。

     雪が思った以上に深かった。ラムは山靴、アンツェリンはトレッキングシューズだった。

     三人のシューズの差が確実に現れていた。

     峠を越えた後は、ラムは軽快にステップを踏んで降りてゆき、アンツェリンはたびたび滑っていた。

     僕はというと、足を滑らすことをあきらめて、シリセード(霜焼け覚悟で尻で滑る)しながら降った。 舵は手足を使い、雪の斜面をみっともなく崩しながら降りた。

     樹林帯に入ると走れるようになり、一気にルクラまで走る。

     

     着いた。

     昨日の迷っていた3時間といい、今日の滑りまくった4時間といい、苦労した。

     でも終わったのだ。

     昼食に、チキンバーガーにビールを注文した。

     そして、事件が起こった。

     

     

    ゴンギラ(5814)

     

     

    ラリーグラス

     

     この後、ミラクルな縁が帰国するまでの2週間の間に凝縮されていた。

     不思議な力に吸い寄せられるように。

     

     それは「メラピーク登頂、その後編」に続く。

     


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      NHKおはよう日本に出演

      動画 YouTube     (2013 LA ULTRA THE HIGH 222km at RYOICHI SATO)            2013年、8月3日

      著書 「なぜ走る」 佐藤良一

      購入先 http://docue.net/archives/event/ nazehashiru_shop

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