ホノルル ウエディング マラソン

 
 17年前の第20回ホノルルマラソンが僕の走りの原点である。腰痛のリハビリで走り出し、最初の目標に掲げたのがホノルルマラソンである。その後、走りの世界にどっぷり浸かって、24時間走の日本代表を経験するまでになった。そして名ばかりだが、150人規模のランニングチーム、club MY星STARの副代表にして頂いた。 そこで妻となる千夏と出会ったラブ 千夏の初マラソンもホノルルマラソンだった。そこで、走りで出会い、二人の走りの原点であるホノノルルマラソンを人生の新たなスタートにしょうと考えたのである。



 彼女はウクレレ奏者、ジェイク島袋の大ファンであった。その僕が嫉妬するほどのジェイクがホノルルマラソンを走る事になり、「一緒に走りたい揺れるハート更にサブ4(4時間以内)で完走するんだジョギング」一昨年前にホノルrマラソンで初フルデビューをすることになったのだ。結果、ジェイクには合えず、サブ4もならず・・・。来年こそは・・・。すぐにホテルやエァーチケットの予約をし、ホノルルマラソンのエントリーも済ませてまった。もっと早くなりたい・・・。そこで名門!?マイスターの門を叩いたのだ。待ち受けていたのは・・・僕でした楽しい。4月の霞ヶ浦マラソンのペーサーをしたのをきっかけに少しづつお近づきになり、スパルタでプロポーズし、ホノマラでのウエディングという運びになったのである。そこでどうせならウエディングドレスとタキシードで走ろう、勿論サブ4(4時間以内で完走する)で・・のはずが、何びっくり3時間30分で走りたいって・・・。その時には既に3時間27分のランナーになっていましたが、仮装するし、ハワイは気温が高くて自己記録更新は望みにくいのに・・。でもやりたいのだからと花嫁のペーサーをすることになりました。成功したら国際マラソン出場、夢の3時間15分の力有り、が見えてくるかもしれないのだ。やる気は充分だった。



 母にとっては始めてのホノルルであったが、雨が降り続いていた。僕と母はマイスター30人のツアーで行くことになったが、千夏と千夏の母は、既に僕等が出会う以前に予約していた為に別行動、ホテルもホノルル市内の端と端だった。会うのも一苦労だった。したがって昼間はそれぞれ親孝行し、ディナーなどで落ち合ったりしていた。千夏達は買い物ツァーが主だ。僕等は癒しツァーに参加する事にした。癒しツアーは最近出来たらしく、古くからあるハワイのパワーストーンを巡るツァーである。新しいハワイの魅力を発見できそうだ。そしてウエディングランの予定だが、朝5時にホノルルマラソンがスタートする。仮装ランを無事に完走して、昼からアラモアナショッピングセンター前のマジックアイランドに神父様を招き式を挙げる。その後にナウルタワーと言う超高級マンションの一室でささやかなパーティをするという段取りだった。そのほかにそんな僕等を取材したいと「アロハストリート」と「地球の歩き方」のインタビューに答えると言う事になったいた。



 そして8回目のホノルルマラソンのスタート。カメラを片手に大雨のホノルルマラソンが動きだした。相変わらずの歓声と街を飾るクリスマスのイルミネーションが待っていた。辛いつらい初マラソンの時を克明に思い出す。ウエディング姿の千夏に対しての声援は凄かった。ついでにタキシードの僕も声援が少しだけ・・・。マイスターの仲間や知人ランナーだけでなく、知らない沢山のランナーや沿道で応援してくれているその祝福の言葉、それに答える僕等の両手は上がりっぱなしで、顔も緩みっぱなしだった楽しい



 大きな水溜りを避け、濁流と化した坂道をひたひた走る。やがて明るくなった頃、千夏が遅れだしてきた。それまで3時間30分を目指して1マイル、約1600Mを8分以内で順調に走ってきた。まだ15kmほどしか来ていなかった。少し辛そうにしている千夏に「ゆっくり走ろうか」楽しんで走ろうかと提案すると、「いやだ・・ちゃんと走るショック」諦めない覚悟だ。それではと引っ張ってみるが、ペースは1マイル8分から8分半に落ちたまま上がりもせず落ちもせずで、やや足を労わる様に、花嫁は必死に走り続けていた。どんな言葉を投げ掛けたらいいのか、何もして上げられなかった。どうやら声を掛けて欲しくないみたいで、そんな時は後方に下がってしまった。いやな空気が続いた。25キロのハワイカイを折り返した。僕は千夏の足音を感じる事のできる少し前を走るしかなかった。その差は20m、こんなことでいいんだろうか。30キロ過ぎから雨が上がり眩しい太陽がやっと顔を出してくれた。夏の大好きな千夏に笑顔が戻ってくる。もはや目標タイムは望めないが、再び幸せであるべき花嫁ランナーになってくれてよかった。ペースが上がる。最後の40キロ過ぎからは二人で手を取り合い、ごぼう抜きの早さでゴールを目指した。テレビカメラを慌てて僕等に向けようとするが、ついてこれない早さだった。足並みを揃えてゴールジョギング少し前後してみっちゃんと里奈ちゃんの姿があった。3時間41分だった。大雨で暖かいホノマラ、仮想をして、脚を痛めての頑張り、これは自慢できる記録である。更にみっちゃん、里奈ちゃん、千夏の女子三人でのチームの部でホノルルマラソン優勝というビッグプレゼントのおまけが付いてきたのだ。バンザーィ楽しい


  
 ゴール後、少しだけ応援をしてから、それぞれホテルまで、仮想をしたまま徒歩で帰えった。そして正装をする。母のも含めてハワイで買ったアロハとムームーに着替えた。午後1時のマジックアイランド、完走Tシャツを着た人達が集ってきた。神父のマックさんとコーディネーターに段取りの説明を受ける。その時まではいい天気だった。奏でるギターの音色がアロハウエディングを盛り上げてくれる。沢山の仲間達に囲まれてとても幸せだ。そよ風が通りぬけた。式が始まる晴れ神父に続き、緊張しながら誓いの言葉を告げる。すると突然ギターの音が途切れた強風スコールである。ギター奏者は帰ってしまったが、誓いの言葉がつづいた。みんな濡れねずみに、寒さと笑いで二人の手は震えていた。やがて明るくなり晴れ穏やかに晴れてきて一安心、濡れた服も直ぐに乾いてしまった。まるでこれから前途多難な人生が待つ事を、知らせるみたいな天気だった。


 
無事に?挙式が済み、一休みしてからパーティーである。マイスターの会員さんのご好意でお借りできたナウルタワーだ。その準備の買出しで休む間も無く時間になった。チームリーダー岩本の挨拶でパーティーが始まった。床にダンボールを敷き、30人程の仲間とギュウギュウ詰めになりながら、皆クタクタなのに夜更けまで騒いでいた。



 みんな ありがとう これからも二人を宜しくお願いいたします。

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