2007 24時間走世界大会 7/24-25

 僕にとっては13回目の24時間走がカナダ ケベック州 ドラモンデービルで行われた。今回は日本代表の6人枠からもれてしまい、それでも走りたいと言うことでオープンの部での出場となった。選手権と同じくオープンにも3人から団体の部があり、マイスターから亀井・西村・佐藤で団体優勝を目指す事に、おそらく選手権にも引けをとらない力だろう。オープンの部には7カ国48人が参加している。目標は記録更新240km!
 


 
 スタート前にはパレードが行われた。しかし選手権参加者のみで僕らは晴れがましい彼らを眺めるだけだった。僕ら3人は無言だった。代表選手に負けたくなかったし、日本人として恥ずかしい走りだけはしたくなかった。


 14時。24時間の時計が動き出した。セントローレンス川を渡る1周2・2kmのコースをひたすら走る。天気予報では雷マークが出ていたが晴れ、太陽が眩しかった。明日も暑いのだろうか不安になる。いつものことだが実力の無いランナーがガンガン前を走り出す。とは言えはやる気持ちを抑えきれず、1周を10分余りで走ってしまった。これでは早すぎだ。
 

 4時間 44km ペースは落ち着き僕がオープンの部でトップになる。晴れたり雷雨が来たり空模様がきにかかる。そのたびにスタッフがシートをかぶしたりして大忙しである。西村くんがカナダとロシアを抜き2位に、亀井くんも順位を上げ団体2位のカナダとの差を拡げる。
 今回の僕らのサポートは毎度母と今回は新婚亀井くんの奥さんミキちゃんである。ミキちゃんが表に出てフラメンコ仕込の軽快な手拍子で僕らを送り出した。奥では母が炊事と言う役割分担をしていた。時折隣のカナダチームや見物人と文化交流しているみたいだ。楽しそうである。
 橋の上から「見てみろ太陽が沈むぞ」と後続ランナーに伝えた。考え深い日没だった。21時にやっと暗くなる。


 8時間 87km 100kmの通過9:13、自己ベストを出してしまう。ペースにばらつきがあり集中しなかった。1周するたびに豆乳やおにぎりや素麺をリクエストした。反対側のオフィシャルエイドでもスイカやトマトジュースを飲んでいた。止まってばかりいたから、西村くんとの差が3周もあったのが、1km差に迫る。このまま先に行かせ引っ張ってもらい240kを狙うのも良と思ったが、西村くんが伸びてこなかった。とにかくオープンで少しでもまともな記録で優勝する事を考えて気持ちが切れない様にした。彼を当てにしないで粘りだした。



 12時間 125km 昼間の暑さのせいか激しい睡魔に揺さぶられた。日本代表組の岩本・沖山・田処が歩き出す。上位3人の合計だからもう1人の脱落者も出せない。前半トップ3の沖山さんが倒れリタイヤ、点滴をうける。トップの関谷くん・大滝さんが粘っていた。その中鈴木くんが最も元気があり貢献していた。オープンは西村くんが仮眠をとりながら2位をキープ、亀井くんも仮眠をとるが回数が祟り順位を下げた。雲が取れて星空が広がっていた。明日は必ず暑くなる。

 16時間 160km 雲ひとつ無い東の空に猛暑を予感させる太陽が昇る。西村くんとは時々並走しながら「俺達が1・2位だぞ」と言いながら自己ベストを信じていた。8時には早くも暑くなりだした。太陽を見上げた。ため息を溢す。歩く亀井くんには「走ろう」「団体優勝するからね」と声をかけた。隣のカナダチームが並びかけてきたのだ。何とかして諦めさせたかった。                                                   

 20時間 198km 思い切ってペースを上げ暫く粘ってみると引き離しに成功した。カナダチームも諦めたのか僕らの応援をしてくれ、差し入れまで頂く。お返しにとおにぎりや素麺を振舞っていた。見物人にまで豆乳などを手渡し「俺達のは残ってるのかな」、気前のいい母を見ると不安になってくる。暑さのため文字道理バタバタとランナー達が倒れていく。女子のトップ稲垣さんが倒れてしまう。いつも追い込む稲垣さんはまったく動けない。動く気配がない。心配だ。

 21時間 205km カナダ引き離し後に長い休みが入ってしまった。240kmが無理になった。気持ちのテンションが下がった。
 22時間 213km 飲み食いが増えた。このまま行けば個人も団体も優勝だが・・自己ベストが・・これも無理そうだが頑張った。
 23時間 223km まだ走れる、飲み食いを減らした。ラスト1周は9分を切っていた。当然過呼吸を起こしゼーゼー涙混じりの走りだった。
 24時間 233km 優勝した。42度。ビールを一口飲んだ。 カナダチームの差し入れだった。「オメデトウ」。疲れきった空腹の身体に身体に異変が起きた。酸っぱい物がこみ上げてきた。1リットルほど吐きだしてしまうか、元気まで吐き出してしまった様な気がした。
 表彰式が始まるが立ち上がれない。めまいがひどかった。こんな辛いのもういやだ。何もしたくない。そっとしておいて欲しかった。




 それから二日後、すっかり体調は回復し、600gのステーキを二枚食べてしまった。人の身体は凄いと思った。
 自己ベストは更新ならずだった。次こそは240kmを必ず超えてみせる。そして、2ヶ月後のスパルタは30時間を切るぞ・・・。

 

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