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    ムスタン・トレイルレース・280km  不整脈源性右室心筋症、ICDを入れてからスタートまで


    ムスタン王国、嘗ての首都Lo−Manthang


     4月4日、テニスのレッスン中に発作が始まった。大きな発作はこれで二度目であった。超長距離を日ごろ走っていたからであろうか、普通なら失神して、20分も持ち応えることが難しい危険な発作であると言う。僕はそれを5時間も耐え、テニスのレッスンを誰にも気づかれずに終えていた。身体が揺れだし、危険を自覚、自力で病院に行き、検査の結果急遽入院、手術となった。
     僕の病名は「不整脈源性右室心筋症」、遺伝性の疾患だ。家族の男性陣が同じ病と、それぞれむかいあって日々生活をしている。二つ下の弟は既に7年前から植え込み型除細動器(ICD)を体内に埋めている。発達性の病気なので、二度目の発作は受け入れがたい事実だった。遂に僕にもその時が来てしまった、と覚悟を決めた。
     4日後の8日、11針を縫う3時間の手術は無事に成功した。最低1ヶ月の安静だ、と言われた。ムスタンに向けて日本を発つのは退院してから10日後だった。先生には今回は見送ります、と伝えたが、僕は行くと決めていた。しかし、全く無理をするつもりはなかった。リタイアしたとしても、馬に揺られてでも行きたかった。それだけムスタンに行きたい想いがあったからだ。



    暮れるボダナート 


     不毛で未開の地。乾いた大地と青い空、そして強風地帯ムスタン。ネパール王国の一部で、2008年前まで王国であった所、「ロッパ」南のチベット人と呼ばれる人々が暮らしている。ネパールの地であったため、中国漢民族による卑劣極まる迫害を逃れた「禁断の地」と言われるようになった。現在、年間400人を限定に入域できるようになっている。
     100年以上昔に、この鎖国された未開の地ムスタンに、日本から一人の僧が1年間侵入し、暮らしていた。その旅行記を読んだのが大学生の時だった。河口慧海「チベット旅行記」668ページに及ぶ単行本だった。ムスタンに興味を持つ。
     20年前、まだ王国であった頃、この不毛で未開の地を豊かにしたいと、一人の老人が立ち上がった。近藤亨、現在94歳、ネパール・ムスタン地域開発協力会(MDSA)理事長としてムスタンに留まり、りんご栽培などを成功させ、その収益や近藤さん自身の資材を全て売り払い、病院や小学校の建設に当てた。その行動はネパール国王からも高く評価された。
     この二人を駆り立てた足跡を、予てから辿ってみたいと思っていた。そしてムスタン・トレイル・レース出場、という形で実現する。持ち続けてきた夢が叶うのだ。



    ボダナートの一角に河口慧海の碑


     4月26日、傷がまだ痛んでいた。重いザックは担げない。そこで頑丈なキャスターを購入することにした。それにザックを載せて引っ張るという奇妙な形のネパール入りとなった。レースでも、その日のスタートからゴールまで、着替えや補給食、水といった最低限の荷物は背負って走らなければならない、傷口は持ち応えることができるのであろうか、とても不安だった。試行錯誤し、傷口を覆うようにスポンジで傷口を囲った。これで機械の保護はできそうだ。上手くできた時は嬉しくて思わずにんまりした。でも激しい動きをすると心臓に大きな傷が残り、命に関わる。だから決して転んではならない、特に下りは慎重に降りなければならない。
     この植え込み型除細動機には設定がされている。心拍数160を超えると機械が作動を開始してしまうのだ。もしも危険な足場で電気ショックが起きたら、これも命に関わることになる。だから得意な登りでも、平地でも、いい気になって走ることができないことになる。
     それに術後から安静にしていた為、体力がすっかり落ちてしまっていた。これではレースにはならないことは明白だった。これを言い訳に「ムスタンのんびり走り旅」、と称して楽しむことにする。



    ボーダナートの朝


     カトマンズの空港の外で待ってくれていたのは小柄なリジーだった。彼女はイギリス人のネパール好きなウルトラランナー。ツールドモンブランでは4連覇、先月のエベレストトレイルで優勝し、半年前の11月、マナスル290kmトレイルでも優勝、元100km世界大会の覇者でもあり、24時間走世界大会でも昨年度優勝している凄い人である。そのリジーが「RYOICHI SATO]と書かれた紙を手に、ネパーリータクシードライバー達の客引きにに混じって、僕を待っていてくれた。2011年アンナプルナ100kmでも会っていたから、お互いに会ったことがあるから直ぐわかった。リジーは、担げなかった僕の荷物を軽々背負い、皆の集合場所に移動した。



    コックピットからのダウラギリ


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