いじめられっ子 世界を走り出す

  多かれ少なかれ、誰もが障害を抱えている。

それを隠すために、強がったり、虚勢を張ったりする。
だから辛い。

それを隠さなければ、実は、すごく楽になる。


29歳、僕は強がる事を止める方向に動き出した。
走り出したのだ。

どんどん見栄が剥がされて楽になる自分。
もがいて、ぼろぼろになり、自分をさらけ出してゴールを目指す・・・。

暫くすると、元の自分に戻りそうになる事を恐れ、更に追い込む
より速く、より遠くを目指す事になるのだ。



 怖いのは、怪我ではなく、過去の自分にもどることである。

辛い過去・・・。

 父方の祖父は一部上場会社の社長だった。
一ツ橋大学を成績優秀者だけに与える、銀時計を授与されていた。
祖母も青山学院卒、三人兄弟の長男である父が東北大、次男が慶応、三男は同志社
母方に関しても、長女である母は宮城一女のエリート、下の長男が同志社、次男が東北大
そんなかなり教育熱心な両家の初孫が僕・・・。
当然、大きい期待が寄せられていた。

めんこい坊や、「めん坊」と呼ばれていた。

小学3年生・・・
人並みの成績であるはずが無い、きっと頭のどこかがおかしいのではと、遂に祖父母に連れられ千葉県の中山にある精神病院で脳の検査をする。
精神病患者に混じり「きっと皆、病気だと知らず、ごく普通のつもりでいても、周りから見ると・・・。」普通の小3だと思っていたが、ここの人達と同じ僕は精神患者だったんだ。とても怖かった。

落胆した。

二日間の嫌な検査が終わり、一人で池の鯉を眺めていた。
佐藤家総出で医院長を囲んで会議をしていた。
看護婦が出てきて、僕の横に座った。
「りょうちゃんは、どこも悪い所 ないのよ」 と一枚の紙を見せてくれた。
帰り道、祖父母が両親へ小言を言っていた。「たるんどる」

以前より勉強をさせられた。
ストレスで、無気力になり扁桃腺を腫らし高熱ばかり出し、学校も休んでばかりになってしまった。
当時は分からなかったが、見たことを文字に変換しにくい「弱文字障害」が僕の病名だった。

結局、出席日数不足の問題で、もう一年留年の問題が起きた・・・。
何とか通信簿オール2にしてもらい、4年生にはなれたのだが・・・
この先 ついては行けない事が明白だった。

期待に答えられない。
これ以上両親を苦しめたくない。
生きる、何故生きるのだろうか。
僕は誰の役に立ちそうもない邪魔な存在。


誰も居ない部屋、僕は包丁と向き合っていた。
痛いだろうな、苦しいだろうな
悲しくて、悔しくて、泣いた しくしく泣いた
持ちこたえようとする自分と、楽になりたい自分が戦って全身が震えていた。

3時間後
母の足音
慌てて包丁をもどした。
救われた。

格好のいじめ対象となり、学校ではいじめが続いていた。
一日一日が長くて、辛くて、悔しくて、
ひたすら黙って耐え続けた日々だった。

作文にこんな事を書いてしまった。「もし 死んで棺おけに入るときは、頑張ったんだと、にんまりしたいです。」
皆、慌てた
でもこの時は、心の底に本音が隠れていた。
何かを見つけて本気になり、馬鹿にしてきた皆をいつか見返す為に頑張りたいという希望の心があった。

しかしいじめが続いた。
待ち伏せされて袋叩きにもあった。
一方的にいつも殴られるだけだった。
反撃をしたら更に相手が面白がるとわかっていたからだ。
だから耐えた。
「向かって来れないのか意気地なし」
どんなに顔が腫れていても顔を隠さず、堂々と翌日も登校し続けた。
それが自身の怒りの矛先であり、いじめ相手に挑む僕の姿勢だった。「負けない、耐えて生きるんだ」


中学3年の2学期時に祖父がうつ病で倒れ、その面倒を診るために千葉県習志野市から、東京都世田谷区の中学に転校、やっといじめから開放された。



高校では過去の僕を知る者は居ない。
強がって、虚勢を張って、自分を隠し通した。
精神的に楽になり、テニスにも打ち込み評価されキャプテンにもなれた。
そして名門日大のテニス部へ入部
そのお陰でテニスコーチという仕事にありついた。

自分隠しの毎日、強がり、虚勢。
情けない自分は過去のもの・・・。

だが今度は激しい腰痛にみまわれ、そのリハビリの為30歳で走り出した。

昔からの僕を知る生徒は口を揃えて言う「チャンドラは走り出してから変わった」
フルマラソンでは中々殻が壊れなかったが、100キロ、250キロと体を痛めながら何度もボロボロになり完走を繰り返しているうちに、硬い表情が緩んできたのだ。

走りが僕を解放してくれたのだ。

今、ランニングチーム「チーム鳳]を通して少しでも他人の役に立とうとしている自分がいる。
さあ 何もかもこれからだ。世界中を走るぞ。


2010・1・1


  さあこれからだ。

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    • 2017.06.06 Tuesday
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