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    不整脈源性右室心筋症(ブルガタ症候群)再び

    2017年3月17日、14時30分。

     

    私は、登戸の室内テニスコートでレッスンをしていました。

     

    外は快晴でぽかぽか陽気です。

     

    隣の宿河原小学校では賑やかだった卒業式が終わり、正装した両親に挟まれた卒業生達が晴れがましく帰路についているのが見えていました。

     

    今月に入り、毎日のように20km以上のジョギングをしていて、特に今日は身体が軽く感じられていました。

     

    昨日もここでレッスンをしていましたが、天気が荒れて寒かったです。

     

    こんな日は持病の腰痛がきしむ様に痛み、まともに動き回ることができません。

     

    だから、その鬱憤を晴らすかの様に今日は動き回っていました。

     

     

     

    3つ目のレッスンが終わるところで、ほっとしてきた時のことです。

     

    突然に不整脈が、発作が起こりだしました。

     

    でも大したことはないだろうと、そのままレッスンを終了させ、コーチ室で帰り支度を始めました。

     

    腰を降ろして、落ち着いてから徐々に気がついてきました。

     

    「これは、よくないことが起こっているぞ」

     

    何度か、同じことを経験しているから冷静でいられました。

     

    心拍数は80くらいです。

     

    多分、レッスン中は身体の切れが良かったので160近くまで上がっていたと思います。

     

    これは私が心拍数を上げてもいい限界数値でもありました。

     

    体内に埋め込まれていたICD(体内植え込み型除細動器)による心拍数の設定は60のはずが80で安定し、いつまでも乱れていました。

     

    同時に、身体も不自然に揺れています。

     

     

     

    前回も、同じようにレッスン中に発作が起きてしまい、係りつけの横浜労災病院まで電車で向かいましたが、途中で治まったことがあります。

     

    その時は、治まるのに40分かかったと思います。

     

    今度も同じかもしれないなと、気軽に思っていました。

     

    とりあえず、一番近くにある新百合ヶ丘総合病院に向かうことに決めました。

     

    きっと着くころには発作も治まり、さっきまで心室頻拍が起きていましたねと先生から伝えられるのだろうなと思いました。

     

    新百合ヶ丘総合病院は私の家の近くでもあり、弟も私と同じ佐藤家の遺伝性の病で、ここが彼の係りつけの病院だったのです。

     

    わざわざ横浜まで行かなくてもいいと思ったし、もし発作が長引いてしまったらよくないと思ったから近くの新百合丘にしたのです。

     

    ICD手帳を取りに、いったん家に帰えりました。

     

    その方が私の病状がスムーズに伝わるだろうと思ったからです。

     

    発作が起きてから1時間が経ってしまいました。

     

     

     

    新百合ヶ丘の駅からは病院までバスが出ています。

     

    その路線上を、妻の千夏とジョギングしている時によく言っていたことがありました。

     

    「駅からこんなに近いのに、わざわざバスを使うなんてありえないよね」

     

    運よくバスがちょうど出発するところでした。

     

    運転手に身障者手帳を提示し、乗ることが無いと思っていたバスに乗り込みました。

     

    この時は、心拍数が100を超えていました。

     

    身体の揺れが少し大きくなってきたような気がします。

     

     

     

    4時、救急外来の窓口には誰もいませんでした。

     

    守衛さんに尋ねたら、ちょうど夜勤との交代時間だったようです。

     

    仕方なく待たされることになりました。

     

    看護婦がやってきて簡単な問診をし、血圧を測ってくれました。

     

    心拍数120、血圧が72〜90でした。

     

    妻にメールを送ってから目をつぶり、暫く発作と対峙していました。

     

    「早く先生、来てくれ」

     

    医療室のベットに移動しました。

     

    先生らしき人がやってきました。

     

    「一安心だ」

     

     

     

     

    4時30分、たまたま残っていた内科の先生が診てくれることになりました。

     

    心電図を見ながら、その内科の先生が私に言いました。

     

    「血圧も安定しています」

     

    「不整脈も危険な乱れもなく治まりつつあります」

     

    さすがに帰ってもいいですよ、とは言われなかったが、私も、その言葉を信じたいし、身体の調子も安定してきたのを自覚してきていました。

     

    「まもなく不整脈科の先生がお見えにまりますからゆっくりしていてください」

     

    頭が不整脈に踊らされ、枕の上で小刻みに震えています。

     

    大分、気持ちは落ち着いてきていましたが、この不整脈はいつまでも耐えられるものではないのです。

     

    痛みもあったし不安でした。それに腰が痛い。

     

    「早く専門の先生に診てもらい、サクッと処置をしてほしい」

     

     

     

    カーテンの向こうのベットでは、次から次へと救急車で運ばれてきた患者がやってきては帰っていきました。

     

    この病院は、救急患者を振り分ける役割があるみたいです。

     

    やくざの指詰め。徘徊老人の怪我。酔っ払いが転倒して頭蓋骨骨折。バイク事故。不整脈などなど、各病院へ振り分けするやり取りが行われていました。

     

    その中に気になるやり取りがありました。

     

    「先生、前でふらふらしていた自転車を避けようとしたら僕のバイクが滑ってしまい、膝を痛めてしまいました」

     

    「複雑骨折をしていますね」

     

    「先ほど、たまたま来ていた他の先生にレントゲンを診てもらったのですが、以前からその膝は痛かったのではありませんか?」

     

    「痛かったですが、何故ですか?」

     

    「それは骨肉種かもしれません。詳しくしらべてみなければわかりませんが」

     

    「ちょっと妻に連絡させてください」

     

    気丈なやり取りがなんとなく聴こえてきていました。

     

    「膝の皿の中に、かなり大きな影があり、骨が腐食しているようですね」と始まり、その後も先生との辛くて悲しいやり取りが続きました。

     

    でも、事故にあわなかったら判らなかったことなのだと思いました。

     

    手遅れにならなければいいのですが。

     

     

     

    5時、不整脈科の専門医が私の所へやってきました。

     

    心電図を診ています。

     

    「これはブルガタで間違いないですね」

     

    「早く停めてしまわないと更に悪さをしますよ」

     

    私の心拍数が140に跳ね上がりました。

     

    「ちょっと驚かされるだけで心拍数が上がるなんて、なんて単純な心臓なんだ」

     

    そして治療が始まることになりました。

     

    そのことを妻にメールしました。

     

     

     

    5時30分開始。

    点滴の中にアンカロン3ml(抗不整脈剤)投入。

    「これで良くなる事があるんですよ」

    様子を診るためでした。

     

    5時45分。

    もう一度試してみます。

    変化が起こりませんでした。

     

    6時。

    アデホスーLコーワ0・1%2mg(心不全用)投入。

    臓器、血管を広げる薬ですが、精神的な副作用が大きい薬です。

    様子を診ていましたが、これもだめでした。

    しかし、心拍数が120まで下がり、効能がまだ残っているから暫く様子を診てみることになりましたが、これも失敗。

    腰が非常に痛みます。

     

    6時30分。

    千夏がやってきてくれました。

    そして、新たに器械メーカーの先生が加わりました。

    偶然、残っていたそうです。

     

    私のICDの神経誘導操作を、モニターを見ながらキーボードをパチパチやりだしました。

    心拍を上げたり下げたりしています。

    誘導する神経を何度か変えているようです。

    二人で小言を言いながら、様々な試みを繰り返していました。

     

    8時。

    もう腰の限界です。

    「次の心拍数150刺激でだめなら最終手段で、160オーバーで行きましょう」

    これまでの試みは失敗に終わりそうです。

    最終手段とは、電気ショックのことです。

    余りにも大きいショックの為に睡眠薬を投入されます。

     

    これまでに2度経験していました。

     

    いつも気がついたときには次の日になっていて、脈も呼吸も安定していてホッとするのでした。

     

    よってこの先、四度目のカテーテルアブレーション(悪さをする神経を焼ききる)をすることになります。

     

    辛い決断が近づいてきていました。

     

     

     

     

    乱気流から青空へ抜け出したと感じました。

     

    それは突然でした。

     

    「なんと穏やかな気分なんだろう」

     

    私も、先生たちも同時に理解していました。

     

    先生二人は、マラソンゴールのテープを切ったかのように喜んでいました。

     

    「いやー長かった、お疲れ様でした」

     

    「これで暫くは大丈夫ですよ」

     

    「助かりました、本当にありがとうございます」

     

     

     

     

     

     

    5日前に、新百合ヶ丘の家から3時間30分を掛けて高尾の墓参りランを妻としていました。

     

    今回、ベッドに横たわりながら思っていたのです。

     

    「頼むから、呼ばないでよ」と。

     

    私は、来月ヒマラヤトレッキングに行く予定です。

     

    もし、山の中で発作が起きてしまっていたらどうなっていただろうかと考えてみると、たぶんだめです。

     

    だから今回の出来事は運が良かったということなのです。

     

    2013年ムスタン行きの時もそうで、時期もちょうど同じころでした。

     

    あの時も発作が起こり、法事があったのです。

     

    無関係ではなさそうです。

     

     

     

     

     

    翌日は、さすがに走りませんでした。

     

    その翌日は、妻と20kmほどを走ってみました。

     

    この二日間、妻は走っていました。

     

    初日は80km、次の日は50kmです。

     

    荒川ジャーニーランという大会で走っていたのです。

     

    二日目の妻は疲労の為に随分ゆっくりしたペースでした。

     

    試しに、二人で走ったり歩いたりしながら残りの20kmを進んでみたのです。

     

    先生からは、140の心拍数で5時間も耐えたのだから、しっかり心臓を休ませるようにと言われていました。

     

    「24時間以上も走ることができるから心臓は大丈夫です」

     

    とは、さすがに言えませんでしたが、さいわい、とても楽に走ることができました。

     

    だからヒマラヤトレッキングも大丈夫だと思いたいです。

     

    やりたいことの蓋をまだ閉めたくないと願います。

     

    そんな勝手なことを考えています。

     

     

     

     


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