アンナプルナ内院トレッキング

 

5度目のネパール、私にとっては第二の祖国みたいに思っている。

 

2010年、今回のネパールは20年ぶりだった。

 

ランニングの雑誌に、アンナプルナ100kmの記事が載っているのをみつけた。

 

走りたい気持ちは当然、大きく膨らんだ。

 

日本人の参加は世界の弘樹さんと、カトマンズに住む美樹さんと私の三人だけだった。

 

 

 

 

早朝、まだ暗いポカラの空港前をスタートし、日が昇るころダンプスの尾根へと登る。

 

聖峰マチャプチャレと、それを取り囲むアンナプルナ連山が朝日を受け輝いていた。

 

レース終了後、私はアンナプルナのベースキャンプまで歩く予定にしていた。

 

だから、わくわくしながら走った。

 

 

 

翌日、三人とも無事に完走メダルを受け取ることができた。

 

私は完走パーティーを済ませると、さっさとトレッキングの準備をし、昨日も走って通過していたダンプスに向かった。

 

パーティーで飲んだお酒のせいで眠気が残っていたが、村々を通り過ぎるにしたがって闘志が漲ってくる。

 

やがてダンプスの入り口のゲストハウスに着いた。

 

レースの補給所があった所で、まだ標識が残されていた。

 

私はトレッキングのチェックポストに出向き、パーミションを申請した。

 

今日はレースの補給所でもあったこのゲストハウスに泊めてもらうことにする。

 

 

 

 

 

史上最悪な部屋だった。

 

狭くて窮屈なおんぼろ階段を登ると、この宿には三部屋しかなかった。

 

それがどれも狭かった。

 

小さなベッドが部屋に一つあり、隙間がないし、天井が座ってぶつかる程の高さだった。

 

 

 

深夜2時ころの事だった。

 

家の戸を激しく叩く音がして目が覚めたのだ。

 

その男は酔っ払いで、この家の旦那だった。

 

激しいやり取りが家と外とで始まってしまい、近所の女たちも加わった。

 

扉の内側の奥さんは、こう言っていたのだと思う。

 

「この酔っ払い」

 

「いったい何時だと思っているの」

 

「使ったお金はどうしたの」

 

「家にはそんなお金はないはずだよ」

 

「etc・・・・・」

 

暫くして静まっていたが、1時間が過ぎたころ再び旦那が戸を叩きながら騒ぎ出した。

 

奥さんは戸を開け、今度は許したのだと思っていた。

 

ところが、水を掛けられる音と悲鳴が轟いてきたのだ。

 

そして、朝を迎えた。

 

私はひどい寝不足だった。

 

 

 

 

ランドルンまではレースと同じコースを辿った。

 

ランドルンの補給所があったところにもレースの標識が残っていて、家のお姉さんに茹でだてのジャガイモをご馳走になった。

 

石楠花の森を抜けるとマチャプチャレが見えてきた。

 

ネパールでは世界最高峰エベレストを凌ぐ名峰で、登頂することは許されていないほどの鋭く、険しい、聖なる山なのだ。

 

 

私は竹林に囲まれたバンブーという宿に泊まることにした。

 

食事も済ませ、ビールを飲んでくつろいでいると。若い中国人男女6人がやってきた。

 

宿の主と言い争いになる。

 

「そんなに高いはずないよ、隣の宿は200ネパールルピーだったぞ、ぼったくりだ」

 

一つ手前の宿までは3時間ほど歩かなければならない。

 

それにしてもこのエリアは宿泊費は300に統一されていたはずだった。

 

彼らは交渉に失敗し、次の宿に向けて歩きだしてしまった。

 

次のチョムロンまでも3時間かかる。

 

外は真っ暗だった。

 

あきれ果てた宿の人たちと大笑いをして彼らを送り出し、みんなで麦の濁酒ロキシーで乾杯した。

 

みんなが寝静まったころ、疲労困憊した6人は戻ってきた。

 

「さっきはごめんなさい、いくらでも払うから泊めてください」

 

さっきまでの威勢はなくなっていた。

 

私はベットの中で大笑いしてしまった。

 

 

 

いくらでも払うと言っていた中国人だったが、正規の300ネパールルピーで請求していた。

 

100ルピー、日本円にして150円ほどのセコイ事件から、ダイナミックなヒマラヤ内部へと歩き出した。

 

深い、落石や雪崩れの危険がある谷を抜けると、白い峰々が姿を現した。

 

 

 

 

昼ごろに、マチャプチャレのベースキャンプまでやってきた。

 

雪と氷と岩と、その迫力を目の当たりにし、涙が浮かびそうだった。

 

 

 

テラスでダルバートを食べる。

 

プレートを運んできてくれた小父さんの腰はとても辛そうにみえる。

 

歩いて麓まで帰ることはできないだろう。

 

「気の毒に」

 

と思ったが、この景色を眺めながらの一生も中々だと思った。

 

 

 

そこからアンナプルナベースキャンプは、歩きやすい草地を1時間ほど登るとすぐだった。

 

最高の天気で心が浮き立ていた。

 

 

 

ゲストハウスには掘りごたつがあり、窓ガラスにはたくさんの記念の顔写真が貼られていた。

 

日本人の顔もいくつかある。

 

記念に私もその中に加えた。

 

 

 

 

 

夕方、テラスに出た。

 

氷点下3度。寝袋に包まらないと辛い。

 

突然爆音が轟いた。

 

音のする方角を見ると、8091mのアンナプルナの壁に煙が昇っていた。

 

雪崩だ。

 

アンナプルナはヒマラヤ80000m級で最も登頂率の低い山として知られていた。

 

登頂率40%のアンナプルナは雪崩の巣なのだ。

 

そして山のショーが始まった。

 

白山肌が黄色、オレンジ、赤、紫、深紫、そして黒い影となり、星星が空を埋めつくした。

 

寒くて震えが止まらなかったが、いつまでもヒマラヤの山々のショーを見渡していた。

 

そんな仲間が他にもいた。

 

それぞれが、物音ひとつ立てないで静かに夜空を見つめているのだ。

 

見たことがないような雲が漂い出し、月明かりに照らされていた。

 

星雲だな、と思った。

 

少し風が出てきたようだ。

 

 

 

 

 

 

 

静かな朝だった。

 

外へ出てみると、風は収まり、雲ひとつない空が開けたところだった。

 

深夜のヒマラヤ上空では強い風が吹き荒れていた。

 

まるで悪魔が不気味な音をたてながら空で暴れているような気がし、不思議な空想の中でまどろんでいた。

 

このような空気の薄い環境に身を置く夜は、少し怖かった。

 

私はアンナプルナを後にし、チョムロンに向けて歩き出した。

 

 

 

何人かの日本人と話し込みながら、昼過ぎにはチョムロンの一つ手前のシヌワに着いてしまう。

 

「ダルバートにビール」

 

「アンナプルナ、マチャプチャレ、乾杯」

 

そして通常なら三日を要する道を、まだ明るい内にチョムロン着くことができた。

 

 

夕食は若者韓国人4人と楽んだ。

 

その中の一人の女性が日本語で通訳してくれたのだ。

 

私はダルバート、彼らは韓国料理のサムゲタンだった。

 

話題は、中国人たちのマナーの悪さだった。

 

この後、ここにいた二人の韓国の女の子にカトマンズのタメル地区の外れにある、傾いていた古いチベッタン料理の店で再開し、その後の、相変わらずの中国人の暴君の出来事を話し、後日にトレッキングで出会った日本人青年の二人にも日本料理の店で会い話題は中国人だった。

 

ネパール人たちも彼らのことを「チョンチンチャンチョン」とひそひそ呼んでいた。

 

わかる気がする。

 

カトマンズには沢山の中国人が進出し、漢字名のホテルやゲストハウスが目立ち始め、旅行会社が強引に中国系に変えられているのが現実なのだ。

 

カトマンズのタメルが中華街になり始めていた。

 

今度来るときにはどうなっているのか不安だ。

 


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    • 2017.06.06 Tuesday
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