みちのく津軽 ジャーニーラン200km

 この大会の趣旨はジャーニーラン、走り旅です。総距離は200km、制限時間は39時間です。旅する気分を味わいながら、のんびりとゴールすることができます。そして、途中の補給所兼関門所の10箇所が、重要な見所、観光ポイントとなっています。私はのんびりと走る訳にはいきません。目標は29時間以内。来年のスパルタスロンへの出場権利を得るためです。

 過去にスパルタスロンへは14回出場しており、完走も8回しています。でも近年では4度連続で、体調不良により棄権していました。遂に、出場権利も失ってしまったのです。昨年は、妻の千夏がスパルタを走る権利を得て、見事完走していました。スパルタのゴールは、8年前にプロポーズをした聖なる場所です。やはり、夫婦でスタートラインに並び、完走を目指したいと、どうしても夢みてしまうのです。

 

 今年はスパルタスロン出場を目指して、3月に「淀川100km」に挑戦しました。これまでの100km自己ベストは8時間40分です。スパルタへの資格獲得には10時間以内でいいので楽勝です。しかし、80km地点で呼吸困難に見舞われ棄権です。

 4月には「さくら道ネイチャーラン250km」に挑戦です。制限時間は36時間です。これまでに5度走り、ベストは28時間13分です。完走できれば出場資格がもらえます。この時は、初参加する妻と、嵐の中を走りました。もう直ぐ白川郷170km地点という所で呼吸困難になってしまい、棄権してしまいました。

 6月です。今度は新木場で行われた夢の島24時間走に挑戦です。180kmを超えれば資格がもらえます。24時間走はこれまでに23回を走り、ベストは238kmでした。これも呼吸困難で棄権してしまいました。

 呼吸困難がおこってしまう事が問題です。身体には、遺伝性の不整脈(ブルガタ症候群)による命の危険が高いため、ICDという器械が埋め込まれています。機能としては、動きを安定させる心臓のペーシング、不整脈が異常な時に安定させるパルス、それでも症状が治まらなかった時の最終手段の除細動器(電気ショック)です。運動していて厄介なのは、ペーシング機能があるからです。運動をすれば当然心拍数が上がってしまいます。しかしペーシング機能が心拍値を下げ、心臓の動きは穏やかな60に戻ろうとします。ところが身体は酸素を欲するのです。そこで呼吸困難となってしまう訳です。だから苦しいです。医者は運動をするな、と言っているのだから私の行いは自業自得です。

 そして今回の「みちのく津軽 ジャーニーラン200km」では、29時間以内で完走できればスパルタへの道が開けます。今年最後のチャンスです。

 

 今年の4つの挑戦は、どれもが楽勝だと思っていました。ラストチャンスの津軽200kmも十分すぎるくらい楽勝だと思っています。幸い気温が低めと予報されていたので、29時間のゆっくりとしたペースであれば、呼吸困難の危険性は低いと見ていましたし、そう考えていたいと思っていました。

 私の場合は、出来ない言い訳が沢山あります。多分、完走できないことの方が当たり前で、誰もが納得するのでしょう。でも、言い訳は無し、楽勝だと思い続けることにしました。

 

 

 

 金曜日の夜行バスで津軽に向かいました。初めての青森です。どんな走り旅が待っているのかが楽しみです。

 早朝に弘前バスターミナルに着くと、既に疲労困憊です。私は夜行バスが大嫌いで、全く眠ることができないのです。直ぐ後ろの女性はマスクもせずに激しく咳き込んでいる始末です。しかし言い訳になってしまうので、文句は言いません。

 幸い今夜宿泊するホテルで、荷物だけでも預けてもらおうと尋ねると、部屋を空けてくれ、朝食まで食べて、仮眠をベットの上で取ることができたのです。これは完走出来る言い訳となりました。

 台湾の友人で任さん家族が、この大会を走りに弘前に来ています。待ち合わせして合流です。そして大会側による弘前観光に行きました。大会の受付を済まし、開会式にて競技の説明が行われました。私と台湾の任さんには千夏というサポーターが許されています。その後はビアガーデンで交流会です。津軽三味線と、共に津軽を走る落語家の、三遊亭楽松さんの小話を楽しみました。ビールを飲んですっかりリラックスし、そのまま眠りにつけそうです。

 眠りに付くのはスムーズでした。でも中途半端な時間にぼんやり目を覚ましてしまい、レースがあることを思い出してからは、もはや眠りに付くことはできなくなっていました。

 

 

 雨が降り出し、あいにくの天気でした。朝の5時に、弘前駅前を200人のランナーが走り出しました。岩木山は全くみえません。旅するランナー達には気の毒だけれど、今の私には最高の天気です。

 体が冷えていたのでお腹の調子が気になり、見つけたトイレに駆け込みます。セーフでした。

 弘前城公園内を巡るコースでした。本来なら入場料が必要ですが、早朝だからパスさせてもらいます。

 やがて郊外に出ると、りんご畑が広がってきました。

 少し前のランナーグループの足取りが乱れました。どうやら熊の親子が道を横断したらしいです。なんだかわくわくします。

 岩木山神社の大きな鳥居を潜ると、神聖感のある空間に出ました。高い、霞むようにして杉並木に囲まれています。広い石畳が奥へと伸びていて、奥にあった神社脇の山道を登ります。当然、走りませんでした。登りきると、予定時間で第一チェックポイント「百沢スキー場」16.4km地点です。任さんの奥さんと娘のイーアンが出迎えてくれ、千夏が飲み物と食べ物を持ってきてくれました。

 しばらく国道と並ぶ遊歩道の並木通りを走ります。何度かドロにはまり、靴がドロだらけです。「青い山脈」の碑がありました。そこからは白神山地の、まさしく青く霞む山並を望めました。嶽温泉街に少しだけ道をそれて、再び国道に合流です。

 道はどんどん森の中に入っていきます。登ったり、下ったり。ランナーと前後します。知った仲間の姿もありました。小河くん、佐戸さん等と共に、それぞれ第二チェックポイント「くろもり館」39.9kmに到着です。少し予定より速かったようです。白神の遊山道を歩きます。明るいぶなの原生林に心が癒されます。

 日本海へ向けての下り坂が続きます。福島くん、碓井くんと前後しました。そのころ千夏が運転するサポートカーが現れなくなりました。どうやら、任さんと離れてしまったようです。

 日本海が見えてきました。香ばしい魚介類を焼く匂いが立ち込めていました。

 雨はすっかり上がり、薄日が射しだしました。ペースを落とします。そのせいもあって、第3チェックポイント「海の駅わんど」59.9km地点に、予定から少し遅れての到着となりました。

 

 いよいよ津軽平野の単調な道を北上します。見渡す限りの田んぼです。道の左側に柵が延びていました。きっと、西側の日本海からの暴風雪を防ぐ為の物だと思いました。小さな防風林に囲まれた集落を幾度か横に見ながら、ただただ同じ風景が続きます。

 こんもりとした森が見えてきました。大きな土偶と千夏たちサポートカーのお出迎えです。第四チェックポイント「亀ヶ岡遺跡」79・4kmに予定の時間に到着です。

 再び津軽平野の単調な道が続きました。この辺りから貯水池である沼が増えてきました。はるか彼方には大きな橋が見えています。東に平行して流れる岩木川があるのです。

 やがて道は川の堤防に突き当たり、左へと大きく曲がります。

 防風林が見えてきました。十三湖です。そこにサポートカーがやってきて、車の中から任さんが現れました。リタイアです。「任さんの分も頑張るから」と伝え、100kmの中間地点の十三湖大橋へと向かいました。

 橋の中央部分はゴムで繋がれています。その部分で靴が引っかかり、つまずいてしまい激しく転倒してしまいました。そして、肘や手のひらを擦り剥いてしまいました。

 103.6km地点の分岐には、再び戻ってきます。早くも折り返してくるランナーが二人やってきました。仲間の林くんが、トップの影から現れ走っています。林くんは、私には気が付かなかったようです。眼鏡には水滴がたっぷりと付いていたからです。予定から30分遅れて、第五チェックポイント「脇本鰊御殿」107.3kmに到着です。

 預けておいた服に着替え、最高に美味かった十三湖のしじみ汁定食をおかわりしました。外へ出ようとすると、さっぱりした顔で仲間の梅澤くんが風呂から出てきました。旅心を心得ている梅澤くんは私と違ってジャーニーラン、走り旅を楽しんでいるようです。

 ヘットライトを点けて、海岸線を2km、そこから小さな峠を越えると、第六チェックポイント「小泊津軽の像」112.5kmが中泊町の中央部にひっそりとありました。地元のボランティアで待ってくれている方たちと話でもするのがエチケットなのでしょうが、時間に追われる身としては一刻の猶予もありませんでした。直ぐに鰊御殿に戻ります。

 

 鰊御殿でカレーのお代わりしました。身体を追い込んでいないので胃袋は元気です。福島くんがお風呂から出てきました。幸せそうな、くつろぎモードです。

 賑やかな空間から静かな外に出ると、雨が降っていました。予定の40分遅れです。めげたり、落胆したり、悲しんでいる余裕はありません、走るのみです。任さんが棄権したので、この先千夏の手厚いサポートを受けることができます。背後から明るい車のヘットライトが私の足元を照らしてくれます。私だけがサポートを受けるなんて違反ではありませんが、フェアーではないと思う参加者もきっといただろうと思います。私にとっては二度と訪れることのないチャンスです。そんな気が引ける思いをしてでも、29時間以内で完走し、スパルタへの権利を手にしたいです。日頃、お世話になっている、今大会の主催者、スポーツエイドジャパンの舘山代表が思いを込める「第一回みちのく津軽ジャーニーラン200km」で是非、達成したいと思いました。そして、妻と共にスパルタスロンのスタートラインに立つのです。想像すると目頭が熱くなります。そんな希望を打ち砕こうと呼吸が苦しくなってきました。焦る気持ちを押さえて脚を止め、気持ちと呼吸を整えなければなりません。千夏も眠気と戦っていました。遂に居眠り運転。私の肘に車が接触です。千夏の申し訳ない顔を見ると怒る訳にはいきませんでした。仮眠を取りながらサポートをしてもらいます。寝不足の仲、スタッフが首を長くして待ってくれている第七チェックポイント「金木町観光物産館」148.1kmに到着しました。迷走していましたが、それでも遅れを少し取りもどしていました。

 

 梅澤くんが物産館前の太宰治記念館「斜陽館」で記念写真を撮っていました。少し前で梅澤くんが睡魔に襲われ、格闘していることを千夏のサポートカーから聞いていました。梅澤くんは、「先に行っちゃうよ」と待ってくれようとしてくれます。過呼吸が始まったので、しっかり補給をし、体調を整えてから走り出しました。

 再び暗い田園の道が続きました。小雨が降っていたから蛙がピョンピョン道路にあふれ出していました。車が蛙を潰していきます。私の靴も蛙を潰します。断末魔の声はパチンと弾けるような音でした。世が明けると鳥達の餌になるのです。道の右側には、やはり暴風雪避けの柵が続いていて、時々ランナーが座り込んでいました。その中には、まだ梅澤くんらしき影はありません。

 第8チェックポイント「みちのく銀行松島支店」159km手前でスコールが来ました。私は車の中に非難しましたが、梅澤くんはずぶ濡れになったかもしれません。でもこうして脚を止めていることはできません。傘を差して走り出しました。暫く進むと、ガソリンスタンドから梅澤くんがフラフラと出てきました。雨宿りに成功していたようです。

 鶴田町に入り、コンビニが増えだしました。招待選手の工藤真実さんの故郷です。

 やがて東の空が薄明してきました。一時間弱の遅れでした。仕方なくペースを上げてみますが、その度に過呼吸の為に座り込んでしまいました。一時間遅れは29時間以内で走る想定内だったので、希望を捨てずに走ることができます。それでも、少しでも余裕がほしかったので、遂ペースが上がってしまいます。強い陽光が左半身に当たりだし、気温が上昇してきます。不安です。でも走るペースが落ちることはありませんでした。

 藤崎交差点です。千夏が指示します。「次、右に曲がって、その次を右」だ、と言います。私は「違う左だ」と譲りません。険悪な雰囲気になりました。「じゃぁ、この地図を見てよ」、と二人で地図を覗き込みました。左でした。落ち込もうとする千夏を励ましました。私は地図感、土地感、方向性には自信があり、頭の中には走る地図がインプットされています。この先にも自信がありました。第9チェックポイント「黒石こみせ駅」189.2kmまでは、曲がる箇所が多かったのですが、迷わずやって来られました。遅れは1時間弱のままです。

 

 じっくりと見学しながら走りたいと思わせる町並みでした。チェックされる20mほど奥には、沢山のご馳走が用意されているそうです。冷たい奴、と思われるのを承知で直ぐ後にしました。予定にも、走りにも余裕を持ってやって来られました。残り10.8kmを2時間半以上残されていましたが、突然起こる過呼吸がまだ不安です。

 第9チェックポイント「田舎館役場前」194kmまでは、予定していた時間に大分近づいていました。余裕と安心が大きくなりました。

 

 後から来たランナーに先に行かれてしまいましたが、別にどうでもいいことです。残り6km、90分近くも残されています。歩いてでも目的は達成されます。「またスパルタに再び行けるぞ」と思うと、涙が出そうになりました。思わず長居をしてしまいました。

 私は突然も猛ダッシュを始めました。もしかしたら、来年度のスパルタへの資格獲得の基準が28時間に変更されるかもしれない、と思ったからです。「今からでも間に合うかもしれない、たっぷり休んだから、30分で走りきれるかもしれない」、そう思ったのです。信じられないほど速く走れました。国道7号線との大きな交差点で信号止めです。残り500m程でした。残り7分、6分、5分、長すぎだ、神様。

 信号が変わり短距離ダッシュです。千夏が手招きをしていました。その手を取りゴールまで突っ走ります。27時間56分15秒。千夏とスパルタスロンに行けるのです。

 

 

 

 代表の思い入れが強かった、この「第一回みちのく津軽ジャーニーラン200km」において、私にとっても記念すべき完走ができたことが大変嬉しいことでした。走り終わってみると、脚の肉刺に気がつかなかったほどに、集中した走りができていたことを知りました。完走できて、とてもホッとしています。これまでの完走で、5本の指に入る心に残る完走でした。

 

 

                      到着時刻 到着予定

CP1  16.4km   百沢スキー場   6:56   (7:00)

CP2  39.9km  白神の森       9:47   (10:20)

CP3  59.9km  海の駅わんど    12:16  (12:00)

CP4  79.4km  亀ヶ岡遺跡     14:48  (14:45)

CP5  107.3km  鰊御殿       18:38  (18:00)

CP6  112.5km  津軽の像      19:41  (19:00)

CP5  117.7km  鰊御殿       20:21  (20:00)

CP7  148.1km  金木町       0:49   (00:30)

CP8  159.0km  陸奥銀行前    2:58   (2:00)

CP9  189.2km  津軽黒石      7:24   (6:30)

CP10  194.0km  田舎館       8:01   (7:30)

GOAL 200km   さくら野百貨店  8:56   (8:30)   27時間56分 (27時間30分予定)


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    • 2017.06.06 Tuesday
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    • 19:43
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      コメント
      十三湖の大橋で転倒した時に、後にいたゼッケン一番違いの佐藤です。その節はお世話になりありがとうございました。
      前半は似たようなペースでしたので近くを走っていました。奥さんの甲斐甲斐しいサポートを見て感動していました。
      小泊過ぎてからは速かったですね。一度も後ろ姿を拝することはありませんでした。きっとお二人で素敵にゴールを目指さしていたのでしょう。目標達成おめでとうございました。
      • 佐藤
      • 2016/07/28 11:58 AM
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