第一回、奥四万十ウルトラトレイルレース

 

 

 

11月5日、高知空港に岡田さんが迎えに来てくれていた。

 

中野先生の弟子の方だ。

 

 

 

中野先生とは、2000年のスパルタスロンを参加してからの顔見知りで、尊敬する先輩だ。

 

その先生が始めてレースを開催するということで、当然参加することに決めた。

 

本来は、9月に開催予定だったのだが、台風の接近があった。

 

残念ながら中止、延期となり、明日に開催する運びとなってしまったのだ。

 

仕事の都合がつかず、エントリーしていた妻の千夏やチーム仲間の林くんと岡本くんが参加できなくなってしまった。

 

それらの影響で、参加者の約半数での開催となった。

 

殆どが高知県近隣からの参加者だ。

 

隣りの愛媛県からは、チームメイトの河内くんが参加する。

 

楽しみだ。

 

 

 

岡田さんが運転する車は、須崎から山間部をどんどん分け入った。

 

自動販売機で飲み物を買いたかったのだが、中々見つからない。

 

それほどの山間部だった。

 

見上げた山の尾根沿いに、白い大きな風車がゆったり回っていた。

 

第二関門の辺りで、コースの中間点辺りらしい。

 

岡田さんはランナーではない。

 

谷底から見上げ、「あんな所まで走ることができるなんて信じられない」と言った。

 

私も、あそこに挑むことを考えると、心の引き締まる思いがする。

 

出来るだけ登りでも走りたいのだが、昔のように息を上げる訳にはいかないから程々にしなければならない。

 

 

 

昼過ぎの梼原小学校のスタート地点では、一通りの準備を終えたばかりの中野先生たちが一息ついていたところだった。

 

選手の受け付けは午後5時、私が一番最初の受付となる。

 

 

 

時間を持て余した。

 

「おい岡田、佐藤さんをこの辺を案内しちゃり」

 

中野先生の指令により出かけることになった。

 

岡田さんは梼原が初めてだったので困り果てていた。

 

先ずは、車で来る時に気になっていた神社が川向こうに見えていたので行ってみることにした。

 

梼原川の清流に渡された、屋根つきの立派な橋を渡る。

 

その先には、威厳のある三島神社があり、杉の大木に包まれていた。

 

左手には土俵があり、右手には清め水があった。

 

清めて参拝し、祈る。

 

「無事に怪我をせず、心臓に異常が起きませんように」

 

土俵の裏には「坂本竜馬 脱藩の道」と書かれた看板があり、森の奥へと山道が延びていた。

 

岡田くんと歩き出す。

 

岡田くんには気の毒だったが、身体にスイッチが入ってしまい、遠慮なくガンガン歩いてしまった。

 

 

 

 

梼原小学校に戻ると、ポツリポツリと選手が受付に集まってきていた。

 

少しずつ活気が出てくる。

 

仲間の愛媛の河内くんもやってきた。

 

 

 

 

19時から中野先生からの説明会が行われる。

 

一通りの説明がおわりました。

 

「何か質問は?」

 

「はい、そこの男性」

 

「緊急時の連絡先はどこに書いてありますか?」

 

「ゼッケンに書いてあります」

 

「なければ終わります」

 

以上、あっと言う間の、中野先生らしい、有無を言わせぬ小気味いい説明会だった。

 

いよいよ早朝の3時にスタートする。

 

それまで大部屋で雑魚寝だ。

 

 

 

 

 

 

スタート時間となった。

 

天の川が雲間から顔を出していた。

 

気温、3度。

 

底冷えのする寒さだ。

 

目標は怪我をせず、発作を起こさず、13時間でゴールだ。

 

ライトを灯したランナーが放たれた。

 

 

登りのロードを、スタートしたばかりの、いつもの緊張感の中を走りだした。

 

私は随分後方に位置取っている。

 

体調の様子を見るためだ。

 

「よし、大丈夫そうだ」

 

ペースを上げた。

 

登りが続くと汗が止まらない。

 

帽子のつばから汗が滴り落ちる。

 

はしごを登ると、その後は急登の山道が待っていた。

 

突然、膝ウラに痛みが走った。

 

ライトを照らすと、白いダニがいた。

 

私はマダニに咬まれたのだと思っていた。

 

マダニは吸血性で、寄生して感染する危険な虫だと知っている。

 

大変なことになってしまった、と心配したが日本蜂だった。

 

誘導員に聞いてみると、随分多くのランナーが蜂に刺されていたようだ。

 

安心して走り出せる。

 

 

 

広いロードに出た。

 

まだ暗い。

 

冷たく強い風が通り抜けるカルスト台地だ。

 

辺りに光を当てると、不気味な白い岩が点々としている。

 

足元を照らすと、草に降りた白い霜が光っている。

 

ロードが得意なランナー達が息を吹き返し、あっという間に闇の中に姿を消して行く。

 

三叉路に出た。

 

第一関門に、そろそろ着くころだった。

 

前を走っていたランナーがウロウロしている。

 

私も、そして後ろからやって来たランナーと共に、どっちがコースなのだろうとウロウロした。

 

三叉路の一つを回り込むと、おにぎりが積みあがる補給所があり、一安心だ。

 

2時間03分 (第一関門13.0km 天狗高原 2時間30分予定)

 

 

 

 

 

 

 

整備されたセラピーロードを下る。

 

なかなか気分がいい。

 

暗闇の中に四万十川源流の看板を見つけたが、源流は当然沢山ある。

 

私達が知る、目指す四万十川源流はまだ先にある。

 

 

 

 

不入山への、取り付きの森の中で朝日が差してきた。

 

そして、とんでもない斜面を登ったり下ったりした。

 

そこにあったコースは、地図上に載っていない。

 

遥か大昔の先人達が使っていた、埋もれてしまった道を、レース関係者達が導き出したルートなのだ。

 

踏み固められていない、枯葉に覆われたコースは、足元が不安定だ。

 

コース上の小枝に結ばれている、ピンクのリボンが頼りの綱だった。

 

後続の、前との差が開いてしまったビギナーたちの不安は大きいだろう。

 

私にとっても、前を進むランナーの後姿があると心強く感じる。

 

 

ランナー同志との差が詰まっている。

 

四万十川源流域から先の登りはガレていて危険だった。

 

慎重に、額に汗を溢しながら高度を上げていく。

 

『ゴトッ』、石を踏み落としてしまったランナーが後方にいた。

 

破壊力のある音を立てた岩の転がる先には、幸いランナーの姿はなかった。

 

やがて岩がどこかに落ち着き、静寂が訪れた。

 

行方を見守っていたランナー達の歩みが再会され、再び額の汗が滴り落ちだす。

 

 

 

 

不入山山頂では、ランナー達が思い思いの方角にカメラのレンズを向けていた。

 

朝日と空気が清々しい。

 

白く、雪を蓄えたような丘が見えていた。

 

それは石灰の採石場だった。

 

秩父の武甲山も石灰の採石場となっていて、同じく悲しい姿に見えた。

 

独り、また一人と、細くて足場の不安定な下りに向けて足を滑らす。

 

 

 

 

やがて、沢音が聴こえてきた。

 

四万十川源流と言われる所は更に下らなければならないが、本当はこの辺りが源流なのだ。

 

そこは、特に碑がある訳ではない。

 

人が立ち入らぬように、神聖な場としてそっとしているのだ。

 

テレビでも、よく紹介される源流に下り、水分補給。

 

美味いに決まっている。

 

 

 

舗装道路に出ると、特設の補給所だあった。

 

名産の豆腐チーズに、紫のシソ汁に漬けたご馳走が美味しくて、何度も手が伸びる。

 

 

 

 

暫く舗装道路が続く。

 

予定の通過時間を超えてしまっていた。

 

挽回しなければならない。

 

抜きつ、抜かれつ、その度に「長いね」、「あきるね」と言いながら、単調な道をどんどん下った。

 

 

 

1時間ほど下ると誘導員がいて、山道方面に促された。

 

走れないことは無い、朽ちてしまった林道をひたすら走った。

 

そして手作りの急登を、脚を滑らせながら登っていると、ぼたぼた汗が滴り落ちてくる。

 

所々に縄が渡され、岩場や崖を越える棄権な所があった。

 

 

 

斜面が緩やかになり、辺りが明るくなってきた。

 

三度目の、大きな登りをやっと越えることができた。

 

 

 

大きな風車が頭上に聳えていた。

 

広い道路が延びていて、巨大風車が列を成していた。

 

遠くから中野先生の声が聞こえてくる。

 

「ようこそ第二関門へ、スターが来たました」

 

「まだ、お星様にはなっていませんから」

 

笑いが起こる。

 

座り込んで、のんびりしていると、「のんびりしてる時間ないぞ」と中野先生から激が。

 

「大丈夫ですよ」

 

しかし、大丈夫と言うほどの猶予はないようだ。

 

しっかりと身体に水分と栄養を蓄えて走り出した。

 

 

7時間23分 (第二関門40.0km 風車公園 7時間予定)

 

 

 

 

舗装道路を7km進むと、誘導員にトレイルへと促された。

 

この辺りも、レース関係者による手作りの不整地なコースだ。

 

ピンクのリボンが視界に延びている。

 

よくも、こんな道を切り開いたものだと感心しながら進んだ。

 

私の前を、60人近くのランナーが通り抜けたとは思えないほどの僅かな踏み後が、枯葉絨毯の中に心細く続いていた。

 

どうしても、小さなコースミスをしてしまう。

 

その度に、藪扱ぎを強いられてしまうのが厄介だった。

 

しかし、先頭を走るランナーの踏み後には感謝しなければならないと思った。

 

よそ見をしたら、切り倒された大木に膝を打ち付けてしまった。

 

一時的だったが、暫く動けなかった。

 

 

 

下りで勢いがついてしまうと、足の力だけでは制御するのが困難になる。

 

そこで活躍するのは両腕だった。

 

樹に体当たりするように、勢いを止めたり、方向転換させるのだ。

 

その体当たりする樹にも種類があり、選んでいた。

 

木肌がすべすべした樹は止ったり、方向を変えるのにも使え、手にも優しいが、針葉樹の木肌はざらざらしていて手のひらが痛い、勢いを止めることしか役に立たない。

 

集中して降らなくては危険だ。

 

まるで、ジャングルジムの森にでも迷う込んでしまった心境だった。

 

なかなか味わえないコースだから、テンポよく走れていたら楽しいかったのかもしれない。

 

疲れ果て、ゆっくり歩いていたら、正に地獄だったかもしれない。

 

私は、その両方を味わっていながら進んだ。

 

 

 

 

舗装道路に出ることが出来た。

 

腕がだるい。

 

両腕の筋肉がパンパンに張っている。

 

7kmを下ると第三関門がある。

 

途中の集落の人たちの応援や、差し入れが嬉しかった。

 

一度、中国人家族らしき4人が古民家の前にいて手を振ってみたが、完全に無視されてしまった。

 

街にでると、中野先生の声が聴こえてきた。

 

「やっと、ここまで来たか」

 

10時間4分 (第三関門58.5km 葉山 予定10時間)

 

 

 

葉山からの道でも、お爺ちゃんお婆ちゃんが、遠くから手を振って応援してくれていた。

 

この奥四万十のレースが栄え、通り抜ける過疎化した村々に活気が届けられたらいいなと思う。

 

 

 

この辺りに伸びる道こそ、坂本竜馬脱藩の道であった。

 

茗荷を収穫している人たちが声援を送ってくれた。

 

50分ほど走り続けると、次の関門が見えてきた。

 

土地の食べ物で持て成してくれた。

 

「うちの畑で獲ってきた芋を食ってけ」

 

芋は苦手だった。

 

10時間49分 (第四関門64.5km 三の川水車 予定11時間)

 

 

エイドにいたお爺ちゃんが、この辺りの名所を説明してくれていた。

 

ランナーが来るたびに、誇りを持って語っていたのだろう。

 

= ろくに足も止めずに聞き流してしまってごめんなさい

 

 

 

村の道を登り詰めると、再び山道へと入っていく。

 

最後の登りのはずだ。

 

さっきのお爺ちゃんが言っていた桜の古樹や、絡み合った杉の樹や、船底の板で作った橋などがあった。

 

途中で目印のリボンが不明瞭になり、迷い込んでしまったが顔にくもの巣が引っかかったことで間違いに気づき、10分後には戻ることが出来た。

 

 

 

関所を潜り、更に登る。

 

景色のいい広場に出ると、太鼓の音が下界から聴こえてきた。

 

残り5kmだ。

 

 

太鼓の音が近づき、ゴールしたランナーを称えるアナウンスも聴こえるようになってきた。

 

ゴールまで、もう直ぐの高台のベンチに独りのランナーが景色を楽しんでいた。

 

私も隣りに座ってみた。

 

リアス式の、入り込んだ海の景色が一望できた。

 

「カルスト台地に眠る石灰は、掘り起こされた後に、あそこに見える須崎港に運ばれるんだ」

 

そのランナーの示す所には、大きな煙突がいくつか見えていた。

 

「教えてくれてありがとうございます」

 

暫くして、一足先に走り出した。

 

文旦畑の先にゴールの小学校が見えてくる。

 

 

 

河内くんと、中野先生が出迎えてくれていた。

 

怪我をせず、発作もせず、何とか完走できました。

 

今の私はこんなもんです。

 

「遅くなってすいませんでした」

 

「まあまあ、こんなもんやな」

 

13時間13分 (ゴール73km 予定13時間)

 

 

 

 

 

 

 

このレースは、トレイルの初心者にでも完走ができ、完走時間が12時間で考えられていました。

 

「中野先生、このレースは初心者向きではありませんから」

 

「12時間では、ベテランでも無理ですから」

 

「でも、大きなトラブルもなく終えることができてよかったです」

 

 

 


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