ザンスカールの花

 

ザンスカールは、グレイトヒマラヤの氷河に囲まれていて、川の水が枯れることはない。

 

岩の間に深く根を伸ばせば植物は生き延びることができる。

 

ただし、岩場が流れないうちだ。

 

その生命力の薬効はどれも強いという。

 

花の名前は尋ねても殆どの人はわからない。

 

チベット医のアムチやオンボでなければ分からないと言う。

 

唯一、教えてくれたのがブルーポピー、青芥子、ヒマラヤの妖精だった。

 

既に花を散らせる時期だったが、この青い大輪の花を見つけた時、幻の花にでも出逢ったように興奮した。

 

 

 

 


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    ザンスカールの寺(ジャムーカシミール州 北インド)

     

    日本からインドの首都ニューデリーまで8時間

    そこから国内線に乗り継ぎ、1時間30分でラダックの中心地レー

    そのレーから車で17kmの所にPhyang・Gompaがある。

    7月30日はPhyang・Stedup、チャム(仮面舞踏)のお祭りがある日だ。

    ラダックを象徴する青空が広がっていた。

    その様子を、建物と建物の二階の隙間から覗いてみた。

    巨大タンカ(仏画)が見守る元で、仮面舞踏が延々と続いていた。

     

    レーから、イスラムの街カルギルを回り、二日目の昼過ぎにPensi・La(峠)を通る。

    一度、居眠り運転に肝を冷やされた。

    グレイト・ヒマラヤから吹き降ろす風が冷たかった。

    ここから先は仏教の聖域だ。

     

     

    Pensi・Laから、三度のパンクに見舞われ、予定が大幅に遅れた夜の9時にザンスカールの中心Padumに着いた。

    パドゥムには二つのモスクがあり、祈りの時間になると、ミナレット(塔)のメガホンから大音量でアザーン(祈りの呼びかけ)が響く。

    その裏側では、仏教のパドゥムゴンパから、やはりメガホンでイスラムに対抗するかのようにお経が流れた。こんな光景は始めてだ。ゴンパにはお坊さんがいる気配は全くなかった。

    手抜きか、たまたま外出しているのか?

     

     

    Padumから、6km先の岩肌に張り付くKarsha・Gumpaが見えている。

    また、カルシャに登ると、麦畑の向こうにパドゥムの街が見える。

    賑やかな声が聴こえてきた。

    子供達がお経を唱え、または手を大きく叩きながら、押し問答をしているところだった。

    外へ出ると、赤い袈裟が枯れ枝に掛けられていた。

    あっという間に乾いてしまう強い陽光と風だった。

     

     

     

    パドゥムから北西に6kmにあるザンスカールで最も古いSani・Gumpaでは、リンポチェ(高僧)による、ありがたい説法を聞きに、着飾った老若男女が集まっていた。

    昼時では、ランチのダルバートが振舞われた。

    ドゥカン(お堂)に入ると、ひんやりし、人気が無く、静かだった。

    そんな中で、仏像や壁画の修復作業をしていた。

     

     

    サニから北西に更に15kmにあるDzongkhul Gumpaは、人里から隔てられていて、風の強い谷の岩場にひっそりと建っていた。

    殆どの僧はサニの法話を聞きに行っていた。

    そのためか、いっそう秘境に感じた。

     

     

    まるで要塞の赴きのあるBardan Gumpaである。

    パドゥムの南に6km。

    岩山を取り囲むように参道があり、天守閣のような上からの眺めは、眼科にはザンスカール川があり、対岸へ吊橋が架かり、数件の民家と収穫にはまだ早い麦畑の鮮やかな緑の絨毯が拡がっていた。

     

     

    ザンスカールの中心地パドゥムからは睨みを利かせるように聳えるPaburigo(6230m)は、氷河に化粧されている。

     

     

    Stongde Gumpaは、パドゥムの北東18kmにある。

    そこからの眺めを期待していたが、あいにくの曇り空だった。

    しかし、モザイクがのような麦畑は素晴らしい。

     

     

    Zangla旧王宮は、ストンデからパドゥムより更に17km奥にある。

    現在は、王族の家はザンラの村で、ゲストハウスとして旅人を受け入れてくれる。

     

     

    レーのランドマークNamgyal Tsemo Gumpaはこれまでに10回以上は登ってきた。

    五色の旗タルチョウのはためく位置が違うだけで、いつも同じ表情だった。

    登り方も毎回同じで、ゲストハウスの並ぶチュビから登り、旧市街へと砂煙を上げながら走って下った。

     

     

    Thikse Gumpaでは、ダライラマ14世法王による法話が行われた。

    長い人の列が寺まで上へと伸びていて、そこからは驚きの風景が見下ろせた。

    熱心に聞き入るラダック周辺の群集だ。

    入り口で

    「中国人か? 」

    「違う」

    「入れ」

    500mlのペットボトルの水とクッキーを4枚頂いた。

    時々配られる大嫌いなバター茶をありがたくいただきながら、ご機嫌な法王の笑い声を訊いていた。

    来るたびにラダックが好きになる。

     

     

     

     

    Shei Laxmi Narain Temple(番外編)

    インデラガンジー空港から地下鉄でニューデリー、更に地下鉄を二度乗り継いで、そこから歩いていってみようと思っていた。

    気温40℃、1時間歩いた。

    無理だ。

    三輪タクシーを探した。

    「50ルピー(70円)で行ってあげるよ」

    ここには観光客は来ないから、騙すことはないだろう。

    上機嫌に歌を歌いながら軽快に飛ばす。

    ほてった身体には最高の気分だ。

    「いいものを見せてやるよ」

    上機嫌のまま車がある所で止まりかかった。

    そこに見えてしまったのが絨毯屋。

    「絨毯は興味ないよ」

    「それじゃシルバー?」

    「どこにも寄らない」

    険悪な雰囲気になる。

    「それじゃ300ルピーだぞ」

    「あのな、俺はインドには8回、ニューデリーにも5度来てる」

    「お前のやろうとしていることはわかっているんだよ、とっとと行け!」

    100ルピーで行かせた。

     

    分からないでついて行くとどうなるのか!

    通例なら、最初は汚いホテルに行きたいホテルではなく連れて行かれる。

    高額だ。

    それを払うと、次に旅行会社だ。

    無理矢理、ツアーを申し込まされる。

    偽物だから後で待合場所に行っても、駅に行ってチケットを見せても駄目なんです。

    次に絨毯、シルバーアート、大理石、売春宿、麻薬(ハッシッシ、ガンジャ、キノコ)の店のどこかに連れて行かれる。

    下手をすると鍵を閉められてしまい監禁常態に。

    この後は、皆さん想像してみてください。

    結末は様々です。

     

     

    ラダックに戻りたくなりました。

     


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      ザンスカールの微笑み

        

       ここでは、二つの宗教が混在している。チベット人は「ジュレー」と挨拶をし、イスラムの人は「アッサラームアレイコム」と言う。

       

      互いに挨拶する時は、相手宗教の挨拶でする。

       

       

       

       ザンスカールで感じたことがある。「ごめんなさい、ありがとう」、ということばを殆ど使わない、と言うことだ。

       

      日本の教育では、「ごめんなさい、ありがとう」は、基本中の基本でありえないことだ。

       

      良かれと思っての行動だから仕方がないよ、それを互いがそう思っている、だから言う必要がないのだ。

       

      良くない事が起きてしまった。でも悪気が有る訳ではない、運が悪かた、神様の思し召し、という考え方だ。

       

      互いを思いやり、最善を尽くし、平安でいると、人は自然と微笑が浮かぶのかもしれない。

       

      他民族との様々な問題や、悩みがきっとあるのだろうが、人に素直に頼れる人間関係は素晴らしいと思う。

       

      それは、ザンスカールに息づくチベット仏教にも、イスラム教にも感じられた。

       

       

       

       ラダックの中心地にある店や、宿、旅行会社など、少しずつ外部の人たちが介入してきている。

       

      今迄、当たり前だった事が否定されてしまうのだ。

       

      ザンスカールでは、まだ外部の侵入を許してはいなかった。だから古き良き、20年前のラダックの姿がここには残されている。

       

      そう言われて訪れてみたくなった。

       

       

       

       彼らは自分達をとても貧しい民族だと思っている。

       

      金銭的、物質的貧しさはその通りだと思う。しかし、心の豊かさにおいては満ち溢れていると思う。

       

      現代の先進国では失ってしまった強い絆を、羨ましく思うばかりだ。

       

       

      ジュレー カムザン インナーレ  やぁ 調子どうだい?

       


       

       


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